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3 その結婚お断り 3

Author: 鈴田在可
last update Last Updated: 2026-03-17 17:13:33

 天井から、ドタン、バタンと激しい音がする。

 平民魔法使い一家ブラッドレイ家の五男カインは、上を向いてその音を聞きながら、さてどうしたものかと考えてあぐねていた。

 ブラッドレイ家は母以外は魔法が使えるが、魔法使いの存在が稀であることと、この世界では「魔法は空想上のもの」という考えが一般的で、一部を除きその存在は秘匿されている。

 本日、カインはすぐ下の弟シオンの面倒を見ながら留守番をするよう言い渡されていた。母はカインのすぐ上の兄セシルがしでかしてしまったことのお詫び行脚をするべく、セシルと一歳の弟レオハルトと共に出かけてしまっている。

 四歳のシオンと遊んでいると、しばらく会っていなかった次兄シリウスがいきなり帰ってきた。兄は腕に一人の少女を抱えていたが、カインはその少女に見覚えがあった。というか、シリウスが以前「俺の嫁だ」と言って写真を見せびらかしていたので知っていた。

 兄がお嫁さんを連れて帰ってきた。

「これから大人のムフフな時間が始まるから、チビッ子たちには刺激が強すぎるから覗くんじゃないぞ」

 シリウスはそう言って少女を連れていそいそと二階へ上がっていった。

 そして起こる異変。

 窓ガラスが割れる音が響き渡り、泥棒でも来たのかとカインは遠視の魔法で自宅回りを警戒する。

 鳥になったような感覚で家の中や周囲を俯瞰的に見ていると、すぐに庭に素っ裸の次兄シリウスが倒れているのを発見した。シリウスの顔にはかなり強く殴られた痕がある。

『え? シー兄さん? 大丈夫?』

 精神感応テレパシーにより次兄の頭に直接語りかけてみると、兄がムクリと起き上がった。

『大丈夫だぞカイ。問題ない問題ない。はっはっは』

 シリウスは笑い声で返して自分の頬を自分で治療した。どう考えてもお嫁さんに殴られたとしか思えないが、指摘してはいけないような気がしてカインは黙っていた。そのうちに兄の姿が消える。

 兄は瞬間移動により自分の部屋に戻ったらしいが、次兄の部屋は防視の魔法がかけられているらしく、カインの遠視の魔法では部屋の中がどうなっているのかわからなかった。

 そして時折激しく響いてくる争うような音。

 カインはまだ七歳だが、シリウスが言っていたムフフが何を意味するのかは理解していた。でもお嫁さんになる人なのだからいいのだろうと思っていた。

 しかし、どうやらお嫁さんは抵抗しているらしい。どう考えても同意があるとは思えない――

 シリウスを止めるために男女の修羅場に踏み込むべきかどうか考えを巡らせていると、次兄ほどではないが数日ぶりに見る家族のうちの一人が帰宅した。

「あ、父さん、お帰りなさい」

「パパ! お帰りなさい!」

 帰ってきたのは銃騎士隊の藍色隊服に見を包んだ父のアークだった。カインと同じく灰色の髪に灰色の瞳をしている。

 弟のシオンが父の足元に駆け寄って飛び跳ねている。父はシオンを抱き上げると、普段からあまり表情を変えない顔で天井を見上げた。

「何の音だ?」

 父も時折聞こえてくる二階からの音が気になるようだった。次兄はおそらく外に中の音が漏れないような防音の魔法をかけているはずだが、お嫁さんはその範囲を超えるくらいに暴れていた。

「シー兄さんがお嫁さんを連れて来たんだよ」

「…………嫁?」

 カインが答えると、父は珍しく眉根を寄せていた。

 ******

「ナディアちゃん! 俺と番になろう!」

「嫌! 絶対に嫌!」

 ナディアは何度も全裸男を振り切って部屋から出ようとするが、すぐに捕まって連れ戻された。

 男はベッドに引っ張り込もうとしてくるがナディアも必死で抵抗する。ナディアは壁や椅子などを破壊しつつも貞操を死守するべく奮闘していたが、男はしつこかった。

 破壊した壁などは不思議なことに自動的に修復されていく。首をひねりたくなるような現象が続いていたが、ナディアはそれどころではなかった。

 服は所々引っ張られて裂けているし、どさくさに紛れておっぱいを揉まれた。

(最悪っ!)

 ナディアは誰なのかもわからないような男に体を奪われてなるものかと頑張ったが、男は強かった。結局ベッドに組み伏せられて身動きが取れなくなる。

 上にのしかかる男の呼吸はかなり荒く、いきり立ったままの下半身には先走り液すら滲んでいる。男の綺麗な灰色の瞳には情欲の炎が宿り、欲望を満たすために爛々と輝いていてかなりマズイ状態だ。

 ボロボロのスカートの中に手が入ってきて、下着を引っ張られる。ナディアがもう駄目かと諦めかけたその時だった。

 誰かが階段を上ってくる音がした。人間の匂いだ。

 眼前の男の顔にさっと緊張が走った。その直後、破られていたナディアの服が元通りになり、男も一瞬で裸身から服をまとった状態に変化した。

 何という早業だろう。この男といると説明がつかない現象ばかりが起こる。

『治療だよ。治癒魔法』

 ナディアの脳裏にいつもとは口調の変わったミランダの声がこだまする。おそらくこの不思議な現象は全て魔法によるもので、この男はミランダと同じく魔法使いで間違いない――

 ナディアと男がベッドに乗ったまま、二人がいる部屋の扉が開かれる。扉の先から、銃騎士隊の隊服に身を包んだ三十代半ばほどの男が現れた。

「と、ととととと父さん!」

 ナディアを襲っていた男は見ればわかるほどに狼狽し、慌てていたが、それはナディアも同じだった。

(なんでこんな所に銃騎士がいるのよ!)

 まだ里の中にいると思っているナディアにとって、獣人を狩ることが使命である、天敵とも呼ぶべき銃騎士が現れたことはまさに青天の霹靂だった。

 ナディアはほとんど里から出たことがなかったので、実際の銃騎士を見たのはこれが初めてだったが、里の仲間から銃騎士隊と遭遇して危うく殺されそうになったという話は何度か聞いていた。

 このままでは自分も同じ目にあうと思ったナディアは、素早い動きで男の体の下から抜け出し、一目散に窓から外へ飛び出した。

 ******

「シリウス」

 思いがけず現れた父親に動揺しているうちにナディアが外へ出て行ってしまった。それを追いかけようとしたシリウスを、父アークが呼び止める。

 心は早くナディアを追いかけたいと思っていたが、足が縫い留められたかのように動かない。シリウスは昔から父親のアークに頭が上がらなかった。

 血の繋がった実の親子ではあるものの、言ってしまえばシリウスはアークが苦手だった。兄弟が多かったせいもあるが、どちらかと言えばシリウスは昔から父親のアークよりも長兄ジュリアスにべったりだった。

 魔法などで連絡を取り合ってはいたものの、アークと面と向かって会うのは久しぶりだった。シリウスは普段からあまり感情を表に出さない父親が、珍しく険しい目つきでこちらを見ていることに気づく。

「お前とあの娘の結婚は」

(すごく、嫌な予感がする)

「認めない」

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